あきゆりのぶろぐ

SixTONESを中心にJr.への愛を叫ぶ

Xジェンダーの私が男性アイドルを応援するということ

 タイトルでお察しの方もいらっしゃるかと思いますが、今回は少し重い話かつ、私が応援しているアイドルのお仕事を否定しているとも取られかねない内容なので、閲覧には十分にご注意ください。雑誌のアンケートの必須で二択の性別欄を記入するときに感情を殺している私の、自分語りでもあるので、これまでのノリとはかなり異なることをご承知の上で、続きをご覧いただけるならば幸いです。

 

 

 

 私は出生時に「女性」と医師に判定された。それから20年数年後の現在も生物学的には「女性」の身体を持ち、世間一般的に「女性」が好むとされるファッションやメイクを選択することに楽しみを見出している。しかし、ステレオタイプな「女性」として扱われることが基本的に不快である。なので、意図的に男性的(とされている)言葉遣いをしてみたり、役割に立候補したりしてきた。しかし「男性」になりたいわけではない。「性別」という概念に囚われない存在でありたい。との思いから、数年前から信頼と必要があればXジェンダー(もしくはジェンダークィア)だと宣言するようにしている。

 

 もし、それがどのような存在か興味を持っていただけたら、以下のリンクをご覧いただきたい。私は「決めたくない」人間である。

男か女か“決めたくない”“わからない” 「Xジェンダー」という性 - Yahoo!ニュース

 

 しかし、これを会う人会う人にいちいち説明するのも面倒なので、大体の場合は選択している外見と生物学上の性に合わせて「女性」として振舞っている。そうしていると、以下のような女性に対する偏見(と私には感じる)に晒されて不快な気分になることが多く、つらい。

 

 例えば、重たい荷物をみんなで運ぶシチュエーション。「男性」が「女性」(として捉えている)の私に「女の子に持たせられないよ」と言って、私の運んでいた荷物を奪う。もう一つの例としては「大学院に行きたい」と私が言うと「女の子には学は必要ないし、ちょっとくらいおばかな方が可愛いよ」と親戚が何の気なしに答える。でも、心の中では「一生給料が上がらない閑職に追いやる呪い」をかけている。

 

 ちなみに「男性」に見える人に対して、「男らしくしなさい!」というような言動をする人を目にしたり耳にしたときも、同じ呪いをかけている。

 

 自分で言うのもなんだが、そこでキレて揉めるほどには子供ではないので、その場は笑ってお礼を言ったり、適当に言葉を返してやり過ごしたり、空気が読めないフリをして「今時そんなん古いですよー笑」と言ったりすることはできる。女子トイレになんの抵抗もなく入れる。何かの申し込み用紙やアンケートに性別欄が「男・女」と設けられていたら、心を無にして「女」に丸をつけられる。

 

 

 そして、「女性」が当然恋愛的な意味で「男性」を好きになるのだ、という価値観が世の中の大多数の人にとっては「当たり前」なんだな、と嫌でも突きつけられる。性自認がXの私だが、じゃあ性指向(どの性別の人を好きになるか)は何なのか、と聞かれれば、Xである、と自認する根拠となる考え方、すなわち「性別に囚われたくない」という思いから、パンセクシュアルになるわけだが、今のところリアルで恋愛的な意味で好きになった人は全員「男性」の体を持つ人だったので、本来の言葉の意味からは少し外れるかもしれない。

【LGBT用語解説】パンセクシュアル(全性愛者)とは? | rainbow-project

 

 アイドル雑誌の企画でよく「デートするなら〜」・「タイプは〜」、「男らしく〜」といった言葉から始まる質問の答えやシチュエーションの写真は、大体上記の例のような価値観を孕んだものになっている。具体的な名前と答えの内容を示す(ために該当記事を探す)のは私もつらいし、その答えやポーズをしたアイドルだって「お仕事」だから、それが「多くの人に求められている」から、行った場合もあるだろうから例は挙げない。

 

 そういった、私には「刃物」に思える内容でも、頑張ったり心を無にしたりすればスルーして、結果としてたどり着ける推しの素敵な写真やインタビューを見たいから、私は雑誌を買って目を通すわけだが、どうしてもたまにつらくなって、本を開けなくなることもある。特に推しの「刃物」を見てしまったとき。

 

 誰もに愛される人間になる、なんてアイドルのお仕事をしている彼らはよく言うが、そんなことは現実的には不可能に等しく、仕事である以上「大多数の人に」愛される人間になる選択をするのは自然の摂理であろう。それを責める気は全くない。その摂理に則った行動が、私の琴線に触れる場合もなきにしもあらずだし。

 

 こんなに非生産的な自分語りをして、大した結論もないが、そんな「刃物」を自ら首に当てるような行為をしてまででも、私は彼らを応援したいのである、と決意表明をしたくてここまで書いてきた。そして、もしここまで読んでくださった方がいるなら、あなたの心に「こんな奴も世間にはいるんだな」と片隅に置いておいてもらえるなら、これ以上の喜びはない。

 

 

 誰もが誰かや何かを「好きだ!」「こうなりたい!」と大きな声で言えて、誰もがそれを応援できる世界になりますように。ま、理想論だとはわかっていますけれど。

 

 

 

 

 私は格好良くて、笑顔が似合うあなたのような人になりたいと思って、ここに飛び込んできたのです。溺れ死ぬまでどうかここにいさせてください。